武見太郎と山本五十六

専門職の人をたくさん同じ場所にあつめて、怪気炎を上げて、敵に攻め入ったところが似てるよね。結果として敵にすべてを差し出したわけだけれども。全国の地区医師会が社団法人になったのも、結局財産が丸裸になる事を意味していたわけで。
公益法人になる地区医師会もあると思うけど、ある意味「右の頬をぶたれて、左の頬を差し出す」人みたいな、ハッキリした意味合いが出てしまう。こうして考えると、地区医師会に公益法人化を言外で勧めた役人の態度の意味がしっくりくる。
屋上温水器とか、太陽光パネルとかは、脇が甘い人が住んでいる家の目印になってしまうことがあるらしいけど、公益法人もちょっと似てるんだよね。役人がお金を回しておいしい思いをする制度を、なぜ民間の医師達がまねしなくちゃなんないのかというのが根本な訳です。
しかも、間の悪いことに、ユーロがドルに敗北したわけですね。日本の公的健康保険制度はどちらかというと、ユーロの野望に燃えた人たちの側に立ってるんだな。皆保険制度が完成して怪気炎を上げたとき、まさか親分たちがこけるとは思ってなかっただろう。
「デスマ」とか「玉砕」ってのは、その側の発想で、それが医療の世界を席巻してもおかしくない。というか、現在進行形か?生温かく見守る余裕はもうない。

ORCAバージョンアップとUTF8

jma-receiptをいじったり使ったりして10年経つんですが、とうとうUTF-8の波にさらわれることになりそうです。日レセでは印刷はすべてフォント埋め込みのPDFになるらしいので、postscriptプリンターでも印字できるそうです。一貫性を失わない形でのソフトウェアの提供は見事といわざるを得ないです。
一方、自分でrubyで書いたスクリプト、shellスクリプトがいけません。文字化けが続出。しかもubuntuにはUTF-8を扱える手軽なpritty printerソフトがなく、ちょっとした印字も大掛かりなものになってしまう。しかもPSプリンターを使う場合はPDFを作成する必要がありそう。
64bitへの移行も大問題でした。一部プリンタードライバーをソースからコンパイルするなど、注意が必要でした。以上のことを踏まえると、バージョンアップは次の2段階で準備が必要でした。

  • 早めにUTF8への移行を行うこと。
  • 早めに64bitへの移行を行うこと。

いつもは様子をみて遅めにバージョンアップしていましたが、今回は早めに準備をしました。64bitの実務計算機をもうすぐ投入する予定です。
P.S. ORCA自力運用というお茶目なお仲間はかなり少なく、もはやマイノリティなんですね。感無量です。

家族おもいの人大集合

「尼崎、ああ尼崎尼崎」行ったことない。
死んだ親父がむかし、親戚に車座にされてつつかれて、しまいにハンコつかされたことがあったそうである。私は乳飲み子だったらしい。
まさに「絆」ってやつですね。「無職」たす「財産」イコール「喰い合い」だ。
この手の問題のキーは「同居」って事だ。居を同じくするということは従うと言うことなんだね。まず同居、そして服従させる。「家族おもい」の性質が悪用されちゃうのですね。
「絆」を絶って「離れる」ことの利点が正しく理解されることも重要だよね。絆はハンデである場合が多い。
どんどん出て行く、どんどん離れる。どんどん別れる。それが良いのだ。とにかく家を出て逃げるしかない。「絆」の魔の手を逃れて、ね。

身内にものを売る人

妹が朝鮮人参のカプセルとか、変なジュースをくれたときはびびりましたが、よく思い出してみると身内にモノを勧める状態の時は、それにかぶれている時ですね。
それ以上に、人格障害の人が身内を食い物にする場合があって、民族性は関係するんでしょうか。職業で言うと生命保険の営業とか呉服店ですか?
ばばあが呉服屋をやっていたんですが、ほんとに身内を食う人間でした。その筋の人の愛人でもやっていたんだろうか。
義理の兄が不動産投資を持ち掛けて来たことがありましたが、その人は秋葉原で変な絵をだまされて買って以来、借金で首が回らなくなり、変な友達に食い物にされていましたね。あの世から呼び出されて、今はいません。
尼崎ってすごいんですかね。

もしダメ人間が自分の親だったら?

偏差値とは残酷なもので、分布が条件を満たすものであればかならず定まる。数値化できないものは少ない。
さて、自分が中年になって親や親族で死ぬ人が出てくるころ、自分のキャリアと親のヒストリーとが意味づけされてくる。
そこでようやく親がどんな人間だったかがわかってくる。確定するというわけ。そのあと受容することになる。
「これはだめだな」というダメダメ感を親に抱いてしまうと、何事もやる気が出ない。
これはとっても難しい問題で、貧困の問題とも結びつくと思う。

例の医科歯科大学出身の看護師さんについて考える

件の大学は文部科学省の出先なので、政治枠の入学かと思ってハラハラしていました。
結局、看護師としていろいろな施設を游いでうまくいっていたのですが、万が一の逃げ道を残していなかったわけですね。有能ではなく無能だったわけです。
こういうきわどい話が飛び交う中をうまく游ぐのが「リテラシー」ってもんなのかな。それがなかったんだね。件の大学はそういうリテラシーを身に付ける機会がないんだよね。
どんくさい人材が事故を起こす可能性は高いわけで、そこまで読んで行動するのが肝要ですね。

48歳で独身でアパートに一人暮らし

良い大学入っても何かのトラブルで中退。そのあとふわふわ暮らして今に至る人。
デタラメが最悪のタイミングでバレて、トホホな状態。夢見る幸せタイムの終わり。
自分も、あの頃不出来な家族に引きずられていたら同じ結果になっていただろう。48歳独身、アパート住まいでその日暮らしだ。
紙一重だ。ですよねー。